FRUE運営チームが拠点としているシェアオフィスMIDORI.so(みどり荘)主催の配信トークイベント「withコロナで見えた音楽とイベントの原点」が7月16日に開催されました。
コロナ禍で行われた2020年のフェスの様子だけでなく、インディペンデントなフェスならではの秘話や珍事件もたっぷり披露されたトークの模様の一部を、2回にわたってお届けします。
司会進行:増田早希子(MIDORI.so コミュニティオーガナイザー)
ゲスト:山口彰悟、吉井大二郎、松橋美晴(FRUE運営チーム)
―2020年は世界中でイベント開催が難しくなり、開催可否を迷う波のある状況に直面しました。そんな中FRUEは2020年、2021年と開催を決行。開催した経緯、実際開催してどうだったかを聞いていきたいと思います。
前提として、昨年10月は一旦緊急事態宣言が解除され感染者数も若干落ち着いていて、世の中的にも「もう大丈夫かな」ってムードがあったり、他のフェスも秋には開催されていました。FRUEは会場が広くソーシャルディスタンスを保てる状況だったため開催に踏み切ったという話も聞きました。
山口 昨年はサマソニがやらないと知った時、これは外タレが来日できないんじゃないかって空気にはなった。でも(出演オファーしていた)国内アーティスト全員からの返事が揃った7月末、「じゃあやれるよね」と踏み切りました。「こっちはやるつもりで準備はしますよ」って伝えてたんですけど、やっぱりアーティストが出てくれる状況にならないと、僕たちだけやる気があってもやれない。
―毎年FRUEは海外アーティスト中心のラインナップでしたが、そこは諦めたと。
吉井 いや、去年も本番前日まで諦めず呼ぼうとしてました。海外アーティストのブッキングも残しつつ国内アーティストのオファー進行もバランスをとりながら、どっかで線を引かなきゃいけなかったんだけど、その線を引くのが遅かった…。
松橋 諦めが悪いんですよ。色んなことがドギマギしながら同時進行してたから、飲食はほとんど放置されてました。
山口 ごめんなさい(笑)
吉井 やっぱり飲食は感染症対策をしっかりしなきゃいけないから。ステージの方はすでに開催されていた他のフェスを参考にできた部分もあるけど、飲食に関してはあまり情報がなかったから、どこまでやるのかという話は結構したよね。
松橋 飲食は例年に比べて半分に減らしました。出店するシェフたちはアーティスト気質なのでやるったらやるって感じで、全然ブレはしなかったですけどね。みんな「FRUEに出るなら運命共同体」みたいな感じでした。
―開催するという決断に迷いはなかったんですか。
山口 (その時期に感染状況が)落ち着いてたっていうのもあるけど、僕たちは協賛企業をつけずにやってるので全部ここ(主催運営チーム)で決めてるから「伺う」ということがなかった。
吉井 会場も自治体の所有施設でなく、民間企業のものを使わせてもらってるので、そことの話し合いがしっかりできていればNGが出ないことが分かった。会場と運営チームで、お互いにどこまで感染症対策について考えてるか話し合いを重ねて当日に至ったという感じです。
松橋 地元の人たちにも理解してもらわないと進められないので、静岡県・掛川市在住のスタッフや知り合いがどんな感覚でいるかも聞きました。できる範囲で応援したい・協力するという声も後押しになりました。
山口 でも毎年手伝ってくれる人の中にも「今年は行くのは難しい」という人も実際いたよね。
―色んな条件、状況が重なって無事に開催できたんですね。他に去年ならではのエピソードはありますか。
山口 通常の感染症対策の呼びかけに加えて、SNSで「1週間前は遊びに行かないでおきましょう」「終わってから1週間は家にいましょう」そして検温マスク手洗いの徹底を呼びかけました。物理的にかかる状況を作らないのが一番の感染症対策かなと僕は思ってるので。
―強制的に我慢してねって感じじゃなくて、楽しもうって雰囲気で伝えるのは新鮮でしたね。
吉井 現場ではCOCOAアプリのインストールを促すなど、どこでもやってるような案内をしたのに加え、手洗い場も増やしました。
山口 チケットも工夫しました。今年は具合が悪くて来場できなくなったら、チケットを2022年まで持ち越せるようにしました。無理して来られるのが一番良くないから、それはすごく良かったのかなと。ただ、「今年何人来るのか読めない」ということにもなるので、それは少し困りましたが。。。でも、2020年(の動員数)は1日約1300人、2日で約2600人。2018と2019(1日当たり約2000人動員)に比べたらだいぶ少なかった。この規模だったら試行錯誤やり方を工夫できるなぁと思ったし、コロナであってもなくてもチケットを来年に持ち越すという選択肢はいいんじゃないかと思います。
―FRUEが他のフェスと違ってすごいと思うのは、お客さんが「一緒に作り上げていく仲間」くらいのテンションで協力的だったということ。それはなぜだと思いますか?
松橋 場内アナウンスや、アニ(山口)独自の言葉での持ってきかたがあったのもあるし、お客さんがオトナというか。なんだろう、言葉、伝え方が他と違うのかなと。
山口 今は無くなってしまったTrue People’s Celebrationやメタモルフォーゼという音楽イベント、フジロックでワールドミュージックを紹介していたオレンジコートというセクションのファンだったお客さんが、おそらくたくさんFRUEには来てくれてて。フェスやステージは、何かあったらあっさりなくなるということをを知ってるからか協力的な部分があるのかな、というのは感じてます。
―そういうのってなんでなくなっちゃうんですかね?
山口 収支が合わないのが理由じゃないですか?ダンスミュージックもありつつ、バンドものやワールドミュージックもある、そういうニッチな音楽がある遊び場が好きな人たちがFRUEをすごく大事にしてくれてるような気がしますFRUEのお客さんは年齢構成的に、男性は30代後半から40代が30-40%、女性は30歳前後が多いかな。(ひととおり遊んだオトナたちの楽しんでる様子が)若いお客さんたちにも伝わってる気がしないでもない。
ー「自分たちの遊び場は自分たちで守ってくぜ」みたいな。
山口 そんな気はします。2018年実施に向けてクラウドファンディングも実施した時も大勢のお客さんが協力してくれて、「守ろう」というか、情があると感じました。そういうのがあったからコロナの時も大丈夫だったのかなと。
山口 コロナになってお客さんにお願いすることも多くなって、そこは悪いなと思いつつ、もうちょっと新しいフェスのやり方があるような気がしてて…やっぱりお願いするだけじゃなくて、参加してもらえる仕組みができないかなと。
吉井 一方通行になるのも嫌だから。
山口 僕がよく言ってるのは、フェスでゴミを捨てる人が多いとよくSNSで話題になったりするけど、そうインターネットに書く前に、自ら拾えばいいじゃんって思うんですよ。僕らも酔っ払ったらそこらへんに捨てちゃうかもしれない。けどその分翌日一つでもゴミを捨てればいいじゃないかと思う。みんなで作る意識があれば、クレームも虚空につぶやくよりかは現場で、ねえ。言うことで改善されることもあるからね。
吉井 おおよく言った!ってなれるよね。
<トーク参加者 プロフィール>
FRUE プロデューサー&ディレクター / 1977年熊本県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒。ライブの原体験は10歳のときに生で観た立川談志師匠の落語。大学卒業後は、フリーのライターとして活動しながら様々な職を経験。『愛・地球博’05』『Greenroom Festival’06』『TAICOCLUB’06』で、イベント制作と運営、『True People's CELEBRATION’06』『Organic Groove』の後期コアスタッフとして人生を変える体験の手伝いをした。
2012年3月より、年に2、3回のペースでイベント『FRUE』を開催。2017年より静岡県掛川市で行われる野外音楽フェスティバル『FESTIVAL de FRUE』のプロデュース&ディレクションを担当。
FESTIVAL de FRUEフード担当 / 青森県上北郡出身。2001年に単身渡伯。リオ・デ・ジャネイロ州コパカバーナに住み、エキサイティングな街を満喫。帰国後はブラジルと日本をつなぐコミュニティーファクトリーKIMOBIG BRASILを設立し、日本に存在するブラジル人コミュニティなどでブラジルライフを実践。ブラジル料理研究家、ブラジル食材販売BRASIL KITCHENプロデュース、FRUEのフードディレクター、ブラジル人ミュージシャンのツアーアテンド、アマゾン音楽DJ、アマゾンの文化や現状を伝えるAMAMOS AMAZON. Incの取締役も務める。
FRUE 裏方担当 / 東京生まれ。 2002年の「True Pemple's CELEBRATION 」にボランティアで参加した事から音楽業界の道へ。夢破れ石垣島でアイランダーとして生活するも1年後には東京へ帰還し山口とFRUEを始動。FRUEと並行しながらcomtrarede、WWW等でも勤務し2018年にiftah ya simsimを設立し、現在に至る。
みどり荘は、これからの働き方の可能性を追求すると共に、個が尊重される社会においても(そのような社会だからこそ)、大切な拠り所となるであろう仲間とともに働くスペースです。様々な仕事/国籍/趣味/考えを持つメンバーが集まり、その混沌を通して生まれる「何か」をみんなで楽しめる場を目指しています。